2008年10月30日木曜日

たったひとりのためのデザイン。

30日はトヨタUDサブミーティングの三回目に出席するため、お台場はパレットタウンにあるユニバーサルデザインショーケースにいきました。


11月8日にファイナルプレゼンテーションが迫り、最後の調整となっています。

ワークショップではあるのですが、一応結果に順位が付きます。

そこで、見事一位になれれば特典があるわけでみんな頑張って追い込みの最中です。

昨日は僕がプレゼンテーションをしたのですが、なんとか無事に乗り切りホッとしている最中です。

先生方に質問されたときにパッと相手の望む答えが出せる。というのは、毎日のようにフィールドワークに出て観察を続けたおかげだなと痛感しました。

デザインとは観察から始まると前に言われたことがあるのですが、なるほど、実際に体験してみるとよくわかりますね。

講師の皆さんからは概ね良い評価を得られたように思います。

各チームのプレゼンテーションが終わると、今回の運営をしてくださっているトライッポッドデザインの中川さんから「たった一人のためのデザイン」という講義がありました。


プレゼンの中にもその単語が出てきたのですが、ペルソナを使ったUDのアプローチです。

タイトルにもあるとおり、たった一人のペルソナのためのデザインを追及することで、そのほかの人へも使いやすいものが出てくるのだそうです。

UDを実践していくにあたって、重要になってくるのがどれだけ暮らしの実態に迫ったかということです。
そういった意味でユーザーの飾り気のない生活を観察するというこはかなり大きなウェイトになってきます。

また、フィールドワークなどで発見した気づきですが、
一人を深堀することで気づきが進化するのだそうです。

この一文はペルソナを使ったデザイン提案をよく表していると僕は感じました。
ペルソナは足かせでなく、気づきを進化させるための情報でもあるのだと思います。

誰のためにデザインするかということを明確にするのがペルソナ手法であるといわれていますが、
ユーザーを明確にしたことで更なる発見や気づきの進化があるわけですね。

ここでは事例として脳性マヒによって指先がうまく使えない女性をずっとつきっきりで(コンテキスチュアルインクワイアリー法ですね)取材したときのことを出していました。


密着取材を続けていくうちに、その女性の本音は以下の三つであることがわかったそうです。

1.本当にかっこいい下着がほしい。

2.良い歯ブラシがほしい。


3.使いやすいお箸がほしい。



この中から3番の使いやすいお箸をデザインすることになりました。

ここでまず彼女と一緒に生活し、観察に入ります。
彼女は脳性マヒの影響で、右手の指を数本しか動かすことができません。

そんな状態でも、お箸を使って食事をしているそうです(使いこなすのに3年かかったそうです)

そんな彼女が今のお箸にもっている不満は以下のようなことでした。

・丸くないこと(机の下に転がってしまってはそこでおしまいだから)

・四角い箸を使っているが角が食い込んで指に負担がかかること(痛くなってしまう)


最初、デザイナーがバネがついたような食べることをアシストするお箸を提案したところ、彼女に即却下されたそうです。


・せっか
年もかけてお箸を使えるようになったのに、バネなんかついているのはやだ。

・お箸を使っている自分を格好よく見せてくれるものでなかったら使いたくない。



さらに彼女はこういったそうです。


「プロダクトデザイナーはすぐにバネとかついたものを作りたがる」



確かに、障害を持つ方のためのデザインと言うとそういったものを想像してしまいがちです。

そういったものが必要な人もいるとは思うのですが、何でもかんでもそういったスタンスで作ろうとするのがデザイナーのエゴ(決め付け)なのかなと思いました。

そのデザイナーの考えの中に実際に使うユーザーが決まっていない場合が多いのです。

だけど、ユーザーが明確であるから、そういったものにならなかった。

実際の本人からそれが却下されたということなのだと思います。

また、彼女に密着取材する上で、彼女のお箸の使い方が見えてきたそうです。

中でも興味深かったのが、挟むというタスクを立てて彼女にお箸を使ってもらっているときに、実際は行動の三割程度は刺しているということがわかったそうです。



ユーザーは自分の言葉や概念で物事を定義していると中川さんはおっしゃっていました。

ユーザーの中の定義と自分の中の定義が一緒であるという前提を無くさなければいけない。

ユーザーに対するヒアリングは大切ですが、こういった意識間のずれというものがあるので、そこを注意して情報を扱わないと大きな勘違いを起こしたままデザインをしてしまいそうです。


このようにプロトタイプの作成と評価を繰り返した結果できたお箸がこちらだそうです。




指が当たる部分がえぐれているデザインの箸です。
写真を見せてもらったのですが実際に協力者の方に渡したものはアクリル製の透明なものできれいでした。その方はいろんなところにもって行って見せびらかしてつかっているとか。


このお箸、使ってみたら自分たちでも使いやすかったので、提案してみたところ今ではJALの国際線のファーストクラスに使われているのだそうです。


ここで思います。
もし、最初に提案したバネつきのお箸だったなら、自分たちにも使いやすかったのでしょうか。
JALのファーストクラスに採用されていたでしょうか。

ユニバーサルデザインとは、魔法のように万能なイメージが先行して広まってしまいましたが、こういった地道な活動をもとに、日常の中にさりげなく存在していなければいけないのではないかと僕は思います。

使いやすさだけでなく、メンタルな、エモーショナルな部分をどう詰めていくか、実際の協力者(ペルソナ)とどうかかわっていくか。いろいろと勉強させられた一日でした。

2008年10月29日水曜日

研究室ツアー

そういえば、今まで自分がどんな所で勉強しているかというのを紹介していなかったと思うのでやってみようと思います。

ほかの人が普段どんな環境の中でデザインをしているのか、僕は興味があるので、もしかしたら僕と同じような感覚の人に需要があるかもしれません。


ご存じの方もいるかもしれませんが、僕たちの研究室はこの夏に新しくできた20階建てのタワーに引っ越しとなりました。


ここは先生と院生の人が使う部屋です。
先生のコレクションや、作品が並んでいます。

山崎先生曰く「いいデザインに囲まれていると目が肥えてくる」のだそうです。
そういったことが後々に、デザインセンスを磨くということにつながってくるのかもしれません

環境というのはやはり大事ですね。

いろんなプロダクトと蔵書が壁一面にあります。

本好きの自分としては何とも居心地の良い空間です。

後ろのデッサン人形は誰かがいつも変なポーズをつけている。



シンクパッドと研究室のマスコット IBM犬。

この真っ黒な机は飲み会の時や、勉強のときに大活躍。

シンプルだけど木の質感が出ていてかっこいいです。


先生お気に入りのホワイトボード。
確かに、このホワイトボードが来てからミーティングがしやすくなったような気がする。


こちらは四年生の部屋。
この木のテーブルは研究室の四年生の木村君と小林君が作ってくれました。


メタルラックの中に入っているのは、私物を入れておく衣装ケース。
人によって何も入っていない人もいれば、すでにぎゅうぎゅうに詰まっている人もいてなかなか個性が出ている。

別名 お道具箱。





そしてうちの研究室の特徴は、なんといっても他の研究室とつながっていること。
この通路を抜けると隣の研究室の四年生の部屋となる。

大きな部屋を真ん中についたてをおいて分割している感じです。

人の出入りは基本的に自由で、同じデザインという分野でも違う領域を学んでいる他の研究室の友達から日々刺激を貰っています。


最初は完全に分割していたのですが、四年生が配属になったときに、四年生同士の仲が良かったためついたてを一枚はずして見たところ、お互いの研究室との交流が深まり、引っ越した今も仲良くお隣さんになってもらっています。

今では一緒にプロジェクトをする仲です。

僕自身なかなか面白い関係で非常に気に入っています。

やっぱ研究室も閉鎖的ではだめで、お隣の研究室と今のような関係になったからこそ、今の山崎研究室があると思います。

環境を整えてやると、人間関係すら変わっていくという面白い例かもしれませんね。



廊下から見た研究室。通路に置いてある棚は学生の作品ギャラリー……のはずだったのですが、荷物の整理が途中のまま、半分は荷物置き場になってしまっています。


ざっとですが、山崎研究室の巡回ツアーでした。


皆様、機会がありましたら、ぜひ山崎研究室に遊びに来てください。

個人的にはずっと開かれた研究室でありたいなと願う今日この頃です。

2008年10月23日木曜日

ちば戦略的デザイン活用塾 イブニング講座

木曜日は、ちば戦略的デザイン活用塾 通称 千葉塾のイブニング講座が開かれました。

第一回目となる今回の内容は「ブランド構築、ロゴ・マーク、PRデザインなどの基礎知識~グラフィックを活用して~」です。

今回の講師は、山崎先生と、原田泰先生。





山崎先生がブランディングの基礎を、原田先生がグラフィックスをどう活用していくかを説明します。



まずは山崎先生の講義。いくつかの事例をもとにブランドの意味、価値を説明して行きます。



最後にブランドとは何か?ブランドの役割とは?それを企業にどう活用していくかを話して、原田先生にバトンタッチとなります。


原田先生は最初に ブランド力とは物語る力であると定義して講義を始めます。

原田先生の講義はワークショップ形式で、手を動かしながら進んでいきます。

写真は、スクリーンに出された言葉を絵で表現してみる課題です。配られたポストイットにそれぞれ絵を描いていきます。

山という割とかきやすいものから、囲む、仲間、楽しいなど難易度は上がっていきます。


実際に書いたものを張り出してみて見ます。
ここで、自分の表現したものが、きちんと相手に理解されるかどうかという温度差を体感します。



参加者の皆さんの作品。いろんな囲むが描かれていますね。



次に、三つの丸に自分を表す単語や文章を入れ、それぞれに矢印などをつけることで、関係性を、持たせましょう。

それを利用して隣の人と自己紹介をしてみましょう。という課題に入ります。


自分も書いてみました。これはデザインに行きつくまでの僕の経緯です。

読書が昔から好きで、夜になっても読み続けてたらメガネをかけることになりました。

物語を演じるというのに興味をもち演劇部に入ることになりました。

演劇部で役者と大道具を担当していたので、舞台のセットを作っているうちにデザインに興味を持ち今に至ります。

そんな感じで書いてみました。


ここでは、プレゼンテーションの手法、媒体の活用で説明が変わるということを体験します。


グラフィックスとは文字と絵の特徴を兼ね備えた表現方法であるということと。

理解のための表現方法と、伝達のための表現方法は別であるということを学びます。

最後に実際のグラフィックスの活用事例を紹介し、イブニング講座の一回目は終了となりました。


皆さんに書いてもらったリフレクションです。今日学んだことを簡潔に書いてもらっています。



今回僕はお手伝いとして参加していたのですが、一般の参加者の皆さんと同じように学ばせてもらいました。こんなに丁寧に教えてもらえる機会ってあまりない気がします。


月に一回のペースで開かれるようなので、引き続きお手伝いという名目で参加していこうと思います。


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<追記>

ここで思ったことをいくつか。

・ワークショップを学んだことを自分の会社にどう生かせるのかということを少しでもいいから意識してもらう。

おそらくわざわざ受講料を払ってまで参加してくださっているのでそういった意識がある人が多いとは思うのですが、ワークショップの最初と最後位にそういったことに触れてあげることが大切なのではないかと思いました。

普段から意識を持っている人でも、課題をだされてそれをこなしているうちは忘れてしまうことのほうが多い気がします。

指示されて、課題をやりました。でも、ふと帰りの電車の中で、結局、今日は自分は何を学んだのだろうと思い返したときに、何も覚えていないではあまりにも悲しい。

きっとそうなてしまってはワークショップは失敗であったということになると思います。

また学んだことを明確化しても、それと自分の企業をどう結びつけたらわからない人というのは多い気がします。

まして、これからデザインを取り入れていこう という人たちなので、こちらからいくつかそういった例を提示してあげる。気付かせてあげる。考える機会を作るということが大切なのかもしれません。

あくまでも、自発的な問題提起や、デザインの利用を起こさせるということなので、ここはオープンクエスチョンに投げかけてあげるのがいいのかもしれません。

質問のコーナーなどに組み込んでみるのもいいかもしれません。

いずれにせよ、今回のような企業さんを相手にしたワークショップでは、最終的には明確なビジョンをもって取り組んでもらうということがやはり大切であり、それを実現させるための体験や知識を得て帰ってもらえば、満足してもらえるのではないかと思いました。

特別講義 ソフトデバイス 高橋憲一さん


毎週水曜日は特別講義の日。

と、いうことで、今週は京都からソフトデバイスの高橋憲一さんを迎えての講義です。





教室に入るのが遅れてしまったため後ろの席からの聴講となりました。(カメラの性能限界でズームしてもピンボケになってしまいました)
高橋さんを紹介する山崎教授。なぜかものすごく良い笑顔である。



まずはインタラクションデザインを語っていく前に、GUIの歴史から話は始まります。

GUIの歴史というのは大体においてコンピュータの歴史といってもいいのだそうです。

コンピュータの歴史には大きく分けてふたつあり、

ひとつはtoolとしての歴史。いかに計算処理を早くして、ミサイルの着弾地点を割り出すかなんて時代のもの。




二つ目はmediaとしての歴史。こちらはどちらかというと現在のパソコンのイメージに近く、インターネットをしたり、絵を描いたり、音楽を編集したりというようなもの。




PCの父と言われるアラン・ケイの描いた理想のPC ダイナブック構想の図。
子供たちが芝生の上で、手軽に、スケッチブックや本のようにPCを操作している。
ちなみにこの絵は本人直筆らしいです。

この時点で、すでにPCはtoolとしてではなくmediaとして発展することをイメージされていた。
のちに、このアラン・ケイが周囲の協力者たちと開発したのが、前のエントリーで書いた子供でもプログラミングがかけるsqueak Etoysなのだそうだ。

武蔵野工業大学で行われたsqueakのワークショップでもアラン・ケイについての講義があったばかりだったので、記憶に新しい話だ。

時代の大きな流れは1990のwindows3.0からだんだんとメディアに移行してきており、今現在のi phoneやwiiのような直観的な操作のインターフェイスへと来ているのだそうです。

その話の流れで登場したのが下のナレッジナビゲーター。(日本語版が見つからなかったです)
Knowledge Navigator



アップルが21世紀までに作ると言っていたコンセプトマシン。
タッチパネルと音声認識が搭載されている。




高橋さんの考えるインターフェイスとのかかわり方。
プロジェクターにはこう書かれている。

from usability to sociability
from task to experience
from human to humane


最後に、実際に制作されたインターフェイスの実例を見せていただき、講義は終了となりました。


高橋さんの講義の中で、日常の生活と作法を考えてのGUIという話が印象的でした。

インターフェイスは本当に奥が深いですね。

2008年10月22日水曜日

カレーとコンソメの毛布。



今日は久しぶりに新宿で友人と会ってきた。

こっちに越してきていたのは知っていたのだが、長らくあっていなかったのでつもる話も多い。

友人のアパートに行くと、いくつかのお菓子を開けてくれた。

あとからもうすこし人がくる予定だったので、準備を手伝っていると、

某製菓会社のコンソメパンチ味のポテトチップスを開けた時に、なぜか、そのニオイを嗅いで、

まるで押入れにずっとしまってあった毛布のようだなと感じた。

なぜ、急にそんなことを思ったのか不思議だったのだが、その久しぶりにあった友人が昔、

ずっと押入れにしまっておいた毛布はカレーせんべいのニオイがするといっていたことを思い出した。


冷やかし半分にそのことを相手に話してみると、そんなこと覚えていないというし、コンソメの香りを毛布のニオイという自分のことを変だと注意された。


なんでいきなりこんな話をしたかと言いますと、人間ってよくも悪くも変わるよねという話がしたかったのです。

もちろん、たかだか22年しか生きていない自分なんかよりも、人生経験豊富なかたは世の中には沢山いますし、きっとこのブログをいつも見てくださっている読者(そんな人がいるかは甚だ疑問ですが、いると仮定して)の方の中にはそういった人もいるとは思います。(インターネットを利用していて、なおかつ情報デザイン系のブログを読んでくださる人というと必然的にも、割合的にもきっとそうなってくるとおもいますが)

ここは、若いのがなんかいってるなぁ位に聞き流していもらえれば幸いです。


話を戻します。


人の思考や嗜好は年をとるにつれて変化していきます。

それは子供のころ嫌いだったピーマンやミョウガを、大人になると好むようになるのと似ています。

聞いた話によれば、それは人が、日々の生活を経ていく中で、経験し、体験し、無意識の上で学習しているからだそうです。

以前食べたこれと似ているな、だからこれは美味しいという信号を脳に出そう。

そんなやり取りが行われているらしいです。

きっとそれは小さい頃に自分たちが感じたものとは全く別でもっとオートマチックな作業なんだろうと思います。


僕には六つ離れた兄と、四つ離れた姉がいました。(というかいます。)
ある時、母親からおやつに出されたスナック菓子があったのですが、僕はそのお菓子がとても変な味に感じられて、自分の分を姉や兄にあげてしまった(半ばとられたといってもいい。)ことがあります。

兄弟のいる家ではどこも一緒だとは思うのですが。お菓子の分配をいかに公平にできるかが重要なのです。

ケーキを切ろうものなら定規を取り出して、お兄ちゃんのほうが一センチほど大きいなんてことを言い出す始末。

無論、我が家もそんな家庭の一つでした。

そんなお菓子争奪戦を日夜繰り返していた幼少時の僕が、なぜ兄や姉に素直にお菓子を上げてしまったのか。

それは、そのお菓子に入っていた人工の香料が、当時の僕の体に受け付けなかったからです。

そんな、僕も今では保存料たっぷりのコンビニ弁当をガリガリと食べ、体に悪いことし放題です。

きっと大人になっていく上で、心も体も社会や生活に適応していったのだと思います。



僕の好きな作家さんで森博嗣という元名古屋大の助教授だったミステリの作家さんがいるのですが、その人の小説の中にこんな文があったのを思い出しました。



「鳥類と哺乳類の分類から漏れたカモノハシとか、植物と動物の境目にいるミドリムシとか、彼らは、人間の考え出した分類を知らないわけだよ。だから、全然 影響がない。カモノハシが、自分の位置するところが中途半端で気持ちが悪いから、もうちょっと鳥っぽくなろうなんて思わないでしょう?でもね、人間は、自 分たちが作った分類システムを知っているわけ。そもそも、そのシステムこそが文化とか社会のバックグラウンドなんだから、笑う、怒る、泣くとかいうパター ンは、子供が成長する過程で教え込まれるし、本来の複雑さは、成長とともに、必然的にコントロールされて単純化へ向かう。赤ちゃんのときには、泣くと笑う の中間とか、笑うと怒るの中間の感情があったのに、いつの間にか、別々の物に離散化されて個別化される。わかる?大人になるほど、どんどん単純へ向かうん だよ」





ここでは、人間が決めた社会の分類に適合するために大人になるほど単純になると話しています。

ようはその単純化とは、社会に適合して生きていく上で、テンプレートとしてのルールに自らを適合させていった形なのではないかということです。

その過程で、個人の主観や個性といったものがどんどんと無意識化のうちに失われていく。


小さい頃はもっと複雑で、笑う感情と悲しい感情の中間なんていうものが存在していたのに、大人になるにつれてそういったものがパターン化していき消失していくのだそうです。


もう大分昔のものことになりますが、保育園の友達が、泣きながら笑っていたことが確かにあったなと思います。


大人になってしまえば泣きながら笑うという行為をすることが難しい。

そういった意味で子供のほうが優れている、柔軟であるといえるでしょう。

先ほどの味覚の話も、カレーせんべいの毛布の話も、同様です。

僕たちが大人になって、子供たちの描く絵を斬新だと思うのは、彼らの絵が個性的だからにほかなりません。

複雑な表現が可能なのだと思います。(そのひとつの例が既成概念にとらわれない)

それは僕たちがなくしていったものの一つなのかもと思いました。


僕たちが幼いころに感じたドキドキ感、わくわく感というのは、まだ単純化されるまえの子供だけの複雑なセンサが働いていたかで、たしかに僕たちは幼いころそういったドキドキやわくわくを経験していたのではないかと思ってしまいます。




なんて言うのは、夢見がちですかね 笑


いずれにせよ、ここでいう子供たちのもつような敏感なセンサーってものをもっていないなと思うものです。

人を幸せにしようとか、ハッピーな体験を考えようというときに、実体験がなければその魅力を十分に伝えられるとは思えません。すくなからず僕はそうです。

デザイナーを目指す上で、そういった些細な生活の中に敏感なセンサー(レーダー?)を持つというのは必要であると思います。

めずらしく、小難しいことを言ってしまった 笑


今日のエントリーこそ、まさに馬鹿がない知恵しぼって考えてみた感じでこのブログにはあっているのかもしれません。

たまには真面目に頭を使ってみました。

2008年10月21日火曜日

スケッチ集中講座 二回目


前回のスケッチ集中講座に引き続きSIIから久米先生をお呼びしてのスケッチワークショップです



今回は、机を壁モードにして、そこに授業で書いたスケッチを張っての講評会からスタートです。



先生たちがスケッチを見て回っています。公表を終えた後、さらに一時間ほどかけてスケッチを修正し、プレゼンテーションになります。


ちょっとピンぽけ写真になってしまいました。
なぜか今回もスケッチのプレゼンをしたひとの半分くらいが四年生でした。

三年生のための時間なので、出しゃばらずにいたのにまさかの指名が。

いまとなってはもっと、みんながつがついけばいいのにと思いますが、自分も三年生の時はシャイだったなぁと思い出に浸ります。

来週は中間発表らしいので、後輩たちがどんなアイデアを出してくるか楽しみです。


今日のメモ

・シーンのスケッチを描くときはもっとエモーショナルな感じが良い。

・シーンのスケッチとプロダクトのスケッチを描くときに頭を切り替える。


うーん、もっと自分も頑張らねば。修行あるのみですね。

2008年10月19日日曜日

squeak 第一回ワークショップ




武蔵野工業大学 横浜キャンパスまでsqueakのワークショップに参加してきました。

squeakといえば、発展途上国の子供たちがコンピューターに親しむ為に行われているOne Laptop Per ChildというプロジェクトのXO(通称100ドルノートPC)に入っている子供でも簡単にプログラミングを組めるソフトです。

以前に名前だけは聞いたことがあったので今回の参加となりました。



会場で、マックブックをお借りして、準備をしていると高橋靖先生とばったり会いました。

隣の席に並んで一緒に講義をうけました。



デザインにどうやって落とし込んでいこうかという話になり、おおざっぱな使い方としては、動きを確認するためのプロトタイプの製作には向きそうだという結論に。

フラッシュと違ってアクションスクリプトをいちいち打ち直さなくても改良できる点がつかいやすいという意見も出ました。写真は緑色の円の上を赤色の虫がはみでないように動き続けるというもの。



お昼休み。

食堂で持参した昼食を食べる。大きなピアノが置いてあったけど、食堂で演奏されたりするのだろうか。
明るく、きれいな感じの食堂でした。





みんなで問題を解決中。

大人がみんなで助け合ってる中、小学生くらいの子供は勝手に上達していくらしい。
子供の吸収能力って凄いらしいですね。一番素晴らしいことは失敗をおそれないことなのかも。



その後は小池先生の研究室で懇親会。

スクイークを高校教育やデザインの世界でどう生かしていけるかというような話に。


その後、小池先生が噂の100ドルノートPCを見せてくれました。
高橋先生のカメラさばきは顕在でした。








100ドルPCは思いのほかしっかりしていて高性能でした。
スクイーク以外にもペイントや作曲ツールなんかも入っていました。
ボディも頑丈に作られており、製作者側の意図がところどころに見受けられてなんか感心。



キーは一体型のシリコンカバーで覆われていてやさしいさわり心地。多少の汚れや水分なんてなんのその。




ネットワークの検索画面。非常に可愛い表示の仕方。



蓋を閉じた状態。このとってを持って友達のうちや、外へ遊びに出かけるのでしょうか。





とっての一部。ロゴマークがさりげなくつかわれているのが憎い。




津田沼からはそれなりに遠かったですが、教育という面でデザインってどうかかわっていくべきなのかななんてちょっと考えさせられる一日でした。