現在まさにユビキタスといった感じに世の中簡単に情報に触れるようになりました。
特に最近めざましいのがスマートフォンとUQWI-MAX。
スマートフォン自体は、パケットで通信が可能だし、タブレット型PCやノートPCなどは、各地にあるWI-FIスポットや、WI-MAXのようなサービスのおかげで場所を選ばなくてもインターネットへ繋がる事が出来る。
過去にあったようにモバイル限定のpCサイトというものもあるにはあるが、スマートフォンがフォンとはいうものの、極端に小さいPCのような扱いになっているので、あの小さなデバイスでPC用のWEBサイトを見ることになる。
同じWEBサイトに、大まかに分けて三つのデバイスからのアクセスが予想できる。
それは
・マウスを用いて、大きな画面で操作するPC
・小さな画面へ指でタッチするスマートフォン
・ある程度の大きさの画面で指で操作するタブレット型PC
同じ情報サイトでもこれだけ変わった環境からの情報へのアクセスが可能になってくる。
もちろん、これらのデバイスがアクセスするサイトはPCでマウスのカーソルを操作して閲覧することを前提に作られているので、ユーザビリティは置いておいて、操作感という意味ではPCが一番いいに決まっている。
現状、一番不便なのは当然の如く、スマートフォン。
あの小さな画面に、縮小して表示されたサイトのごく一部分のみを、自分の指で選択しなければならない。
とうぜん、カーソルのような細かい操作は難しい。
リストのような形でならぶリンクのウチ、任意のモノを、細かく縮小された状態から選択するのは困難だ。
タブレットPCも同様だが、まだ画面が大きいのでスマートフォンほどではない。
もちろんタッチ画面では拡大が出来るが、リンクするたびに拡大し、ページ移動するというのも一手間かかる。
こういった操作はストレスの原因になるだろう。
ここは割り切って、タッチパネルのデバイスはあくまでも外出先からアクセス可能なだけで、メインをタブレットPCや普通のPCにすること可能なのだが、情報へのアクセスがスマートフォンをメインに進んで行くであろう昨今、そこを放置し続けるのも難しい。
デバイスやブラウザに工夫を施すことも可能だが、理想はWEBサイトのGUIをそれぞれのデバイスからアクセスしやすいように変更していくことだろう。
WEBサイトのデザインには基本と成るテンプレートというものがあるが、そろそろあたらしい、こういった複数のデバイスからのアクセスを考慮したものが必要になってくるのかもしれない。
またブラウザやプログラムの方を弄くって、カーソルを指で操作するようにしたら意外と使いやすいのかも…。
まだまだこの分野、ユーザビリティとかGUIとか、新しく手を加えていける可能性が一杯で面白い。
是非、積極手に勉強していこう。
2009年6月2日火曜日
トイレとAさん
先日、面白い話を聞いた。
僕の姉は、留学していたことがあり、外国の方の知り合いが沢山います。
これは、その中のブラジル人の友人の体験談だそうです。
かりにこの人をAさんとします。
ある日、姉がAさんと会話をしていて「日本に来て驚いたことってなにかある?」という話になり、Aさんは自分の体験を話し始めます。
Aさんはその日、自転車に乗っていると急にトイレに行きたくなりコンビニのトイレを借りることにしました。
すると、そのコンビニのトイレは和式だったため、Aさんは戸惑います。
今まで、自分の国でも、よその国に出かけてもトイレは洋式だったため、和式のトイレを前にAさんはどうしていいかわからなくなり、戸惑いながらも下のような体制になったとか。

結局、上の図のように両腕を突っ張ってバランスをとったそうなのですが、確かに初めて見る人にとっては戸惑うだろうなと感じました。
また、最近では圧倒的に洋式トイレが普及してきた為に、和式トイレの使い方が解らない子供も結構いるみたいです。
中にはそのまま、おまるのように直に座ったり、コンビニなどにある便座だけ一段上がったタイプの場合は洋式トイレのように腰かける子もいるのだとか。
Aさんがその時に不満に思ったというのは以下の点だったという。
・使い方のようなものが壁にあればいい。
・せめて、便器の横に足のマークを描いたり、手で捕まるところが解るようになっていればいいのに。
確かにそうですよね。
言語に頼らず、壁に正しい使い方のピクトグラムのいちまいでもあればそれだけで大体理解出来るような気もします。

洋式トイレのほうは使い方のピクトグラムが作られているのになんで和式は無いんでしょう?
和式って日本人しか使わないものだと勝手に思っていたのでこの話はとても考えさせられました。

ということで、和式トイレのピクトグラムを何となく作ってみた。いやー、難しい。
手と足の処理とか解りやすくするためにはどうするべきかと思案していたら、まるでジェットスキーに乗っているかのようなモノになってしまいました。
比率とか凄くおかしいんですけれど、正確な比率にしたらなんだかわかりにくいし。
テンプレートとかにそっても居ないんですが、色々いじってみた挙句、
ピクトさんがSDキャラのような感じでコミカルな感じになりました。
こんなモノでも、便器の前の壁にでも貼ってあればAさん程は戸惑わないのではないでしょうか?
それにしても、やっとの思いでトイレに入って使い方が解らないって想像するだけでももの凄い絶望感が凄そうですね。
僕の姉は、留学していたことがあり、外国の方の知り合いが沢山います。
これは、その中のブラジル人の友人の体験談だそうです。
かりにこの人をAさんとします。
ある日、姉がAさんと会話をしていて「日本に来て驚いたことってなにかある?」という話になり、Aさんは自分の体験を話し始めます。
Aさんはその日、自転車に乗っていると急にトイレに行きたくなりコンビニのトイレを借りることにしました。
すると、そのコンビニのトイレは和式だったため、Aさんは戸惑います。
今まで、自分の国でも、よその国に出かけてもトイレは洋式だったため、和式のトイレを前にAさんはどうしていいかわからなくなり、戸惑いながらも下のような体制になったとか。

結局、上の図のように両腕を突っ張ってバランスをとったそうなのですが、確かに初めて見る人にとっては戸惑うだろうなと感じました。
また、最近では圧倒的に洋式トイレが普及してきた為に、和式トイレの使い方が解らない子供も結構いるみたいです。
中にはそのまま、おまるのように直に座ったり、コンビニなどにある便座だけ一段上がったタイプの場合は洋式トイレのように腰かける子もいるのだとか。
Aさんがその時に不満に思ったというのは以下の点だったという。
・使い方のようなものが壁にあればいい。
・せめて、便器の横に足のマークを描いたり、手で捕まるところが解るようになっていればいいのに。
確かにそうですよね。
言語に頼らず、壁に正しい使い方のピクトグラムのいちまいでもあればそれだけで大体理解出来るような気もします。

洋式トイレのほうは使い方のピクトグラムが作られているのになんで和式は無いんでしょう?
和式って日本人しか使わないものだと勝手に思っていたのでこの話はとても考えさせられました。
おまけ
↓
↓

ということで、和式トイレのピクトグラムを何となく作ってみた。いやー、難しい。
手と足の処理とか解りやすくするためにはどうするべきかと思案していたら、まるでジェットスキーに乗っているかのようなモノになってしまいました。
比率とか凄くおかしいんですけれど、正確な比率にしたらなんだかわかりにくいし。
テンプレートとかにそっても居ないんですが、色々いじってみた挙句、
ピクトさんがSDキャラのような感じでコミカルな感じになりました。
こんなモノでも、便器の前の壁にでも貼ってあればAさん程は戸惑わないのではないでしょうか?
それにしても、やっとの思いでトイレに入って使い方が解らないって想像するだけでももの凄い絶望感が凄そうですね。
2008年9月26日金曜日
トヨタUDワークショップ サブミーティング
24日はお台場は東京テレポートにあるMEG@WEBにあるトヨタユニバーサルデザインショウケースにてトヨタユニバーサルデザインワークショップのサブミーティングに行ってきました。
このワークショップは今年の五月から始まり、最長で来年の二月まで続く長期スパンのワークショップです。
コンセプトの立案、夏期休暇を利用したユーザー調査、それを受けてのデザイン提案をし、11月の最終プレゼンテーションで、いいデザインであると認められればモックアップを作成してもらえ、ショウケースにて一年間展示をしてもらえるというものです。
今回は、せっかくの機会なので、お互いに刺激をもらうために山崎研究室と、お隣の感性デザイン研究室の生徒さんと、三年生の有志が混ざっての混合チームとして参加しました。
今年のお題は「パーソナルモビリティ」ということで、各チームフィールドワークをし、そこから得られた気づきをもとにどんなモビリティをつくるのかを検討してきました。
今回のサブミーティングでは、夏休み中に行ったユーザー調査の結果から得られたものをもとにデザインの指標を発表し、各講師陣からアドバイスや意見をもらうというものでした。
自分たちは、今回のデザイン活動を、人間中心設計のプロセスを使い、ペルソナ、シナリオ手法を使っていくことにしました。
その理由としては、人間中心設計のプロセスがそのままUDにつながる部分があるということと、それぞれ別のタイプの人間があつまり、デザイン活動をしていくということで”情報の共有化”を図るためです。
僕のチームは、HCDや情報デザインを学んでいる自分と、感性デザインの研究室でカーデザインを専攻している人、三年生は、グラフィック系のデザインを志望している人と異なる分野の人間が集まっているのでとても刺激をもらっています。
今回は各チームのデザイン指標を発表したわけですが、その中で気になることがいくつかありました。
夏休み中に得たユーザー調査の結果や、行政からもらってきた調査報告書などがあったのですが、そのデータってどのくらい信用できるものなんだろうかと思ったわけです。
例えば、ユーザーの行動パターンや、アンケート調査などでデータを持ってきましたと言われても、
だからどうしたいの?となっている部分も多いように感じました。
あれですよね、参考書を買って勉強した気になるっていうパターンです。
前にも書いたと思うのですが、プロセスに従ってユーザー調査をしました。テーマに関連するデータをもらってきました。ガイドラインに沿って実験や分析をしました。
といったところで、それでどうしたいの?というふうになってはいけない。
まさしく先日のインフォメーショングラフィックスについての話と本質は一緒だと思うのです。
データを手に入れました。じゃあそれをどう生かして、どうアウトプットに落とし込むのか。
また、そのデータは本当に信頼していいものなのかということも考えるべきなのではないかと思います。
僕はどうしても穿った見方をしてしまうのですが、企業や行政の出すデータをどこまで信用するべきだろうかと思うのです。
今回は行政のだしたデータでしたが、自分たちの行動(インフラ整備)によって安全性が増したかどうかの評価結果だったのですが、その評価自体が、いったいいつ、誰が、どうやってどんな状況で、どんな方法で行ったものなのか。
また、インタビューやアンケートの質問項目はどういった内容だったのかというところまで見ないと僕個人としてそれって自分たちに都合のいいように設定してるんじゃないかと疑ってしまいます。
特に調査や評価を行う際には仮設は必要なわけですが、その仮説に引っ張られて自分の都合のいいように調査や評価を行っているケースも多い気がします。(学生、行政、企業関係なくですが)
手段と目的が反転するというのはどの段階で、いつになっても起こりうるのかもしれません。
そのつど注意していかないといけないですね。
話は変わるのですが、りんかい線 東京テレポートの駅のエレベータですが、
この上の光っているのは実はボタンではなくただの表示で、下の車いすマークの上のボタンが実際のエレベータを呼ぶボタンになっています。
なんかもうちょっと考えたり、簡易的にでも評価を行えばわかりそうなものなのにひどいデザインです。
公共機関でのわかりやすさ、使いやすさというのはまだまだ放置された状態に近いのかもしれないですね。
2008年9月13日土曜日
任意の点Pを探せ。
人が物事を評価する時にはいくつかのアプローチがあるのではないかと思いました。
例えば、Aという商品に対しての評価を下す際に
1.色が好きだから良い
2.流行っているから良い
3.テレビで言っていたから良い
4.Bに比べてAが良い
という四つの評価を下したとするとそれぞれ違った判断基準のもとに下された評価になります。
仮のこの判断基準を点Pとするときに

1番の”色が好きだから良い”は自分の経験を通しての主観的な判断になります。
純粋に造形や色の個人的な好みであったり、経験や習慣などからくる主観的評価になると思います。

2番の”流行っているから良い”は、自分がステータスを得る、もしくは周りみんなが持っているのだからいいものなんだろうという推測からの評価になります。ここではあくまでも判断基準は自分にあり、いったん世間的な流行と自分の現状とを照らし合わせての評価になるのではないかと思います。それは「これを持っているともてるんじゃないか」とか、「みんなが良いって言っているから買っても外れないはず」というようなものです。

3番の”テレビて言っていたから良い”は、他人の評価を自分の評価として取り入れている状態にあり、
「テレビで専門家がこう評価していたから」とか、「口コミサイトでいいって書いてあったから」といったようなAという製品を買うことに対する理由づけとしてつかわれるのではないかなと思いました。
最後に四番の”Bに比べてAが良い”という評価は、その場において見た目や機能などをAとBの間で比較して評価を下す形になっています。一対比較評価ですね。ここでの点Pは純粋に対処となるものの差異によって評価され、それを最終的に個人の好みや目的に照らし合わせて評価します。
インタビューやユーザー評価を行う際に、協力者に対して不必要な情報を与えることは先入観を与えてしまい良い評価を得辛くなるといわれますが、その先入観とは、きっとここでいう点P(判断基準)なのではないかなと思いました。
こうして考えてみると一対比較を行っている4番のような評価の仕方はあまりにも範囲が狭すぎて使いどころに困るなという印象を受けました。
「当社比30%増量」にしたって、あくまでも社内に「Aよりも30%少ないB」を用意すれば済んでしまう話なのであくまで主観的な話になってしまいます。
最終アウトプットまでにプロトタイプを三つ作り、そこからさらにひとつに絞り込むというときなんかには逆に簡単に評価できていいのでしょうけれど。
単純に手法や手順だけを覚えるのではなく、ユーザー評価などを行う際に、その下される評価がどういうロジックのもとに下されたものなのかを知ることって大切なのかもしれないですね。
例えば、Aという商品に対しての評価を下す際に
1.色が好きだから良い
2.流行っているから良い
3.テレビで言っていたから良い
4.Bに比べてAが良い
という四つの評価を下したとするとそれぞれ違った判断基準のもとに下された評価になります。
仮のこの判断基準を点Pとするときに

1番の”色が好きだから良い”は自分の経験を通しての主観的な判断になります。
純粋に造形や色の個人的な好みであったり、経験や習慣などからくる主観的評価になると思います。

2番の”流行っているから良い”は、自分がステータスを得る、もしくは周りみんなが持っているのだからいいものなんだろうという推測からの評価になります。ここではあくまでも判断基準は自分にあり、いったん世間的な流行と自分の現状とを照らし合わせての評価になるのではないかと思います。それは「これを持っているともてるんじゃないか」とか、「みんなが良いって言っているから買っても外れないはず」というようなものです。

3番の”テレビて言っていたから良い”は、他人の評価を自分の評価として取り入れている状態にあり、
「テレビで専門家がこう評価していたから」とか、「口コミサイトでいいって書いてあったから」といったようなAという製品を買うことに対する理由づけとしてつかわれるのではないかなと思いました。
最後に四番の”Bに比べてAが良い”という評価は、その場において見た目や機能などをAとBの間で比較して評価を下す形になっています。一対比較評価ですね。ここでの点Pは純粋に対処となるものの差異によって評価され、それを最終的に個人の好みや目的に照らし合わせて評価します。インタビューやユーザー評価を行う際に、協力者に対して不必要な情報を与えることは先入観を与えてしまい良い評価を得辛くなるといわれますが、その先入観とは、きっとここでいう点P(判断基準)なのではないかなと思いました。
こうして考えてみると一対比較を行っている4番のような評価の仕方はあまりにも範囲が狭すぎて使いどころに困るなという印象を受けました。
「当社比30%増量」にしたって、あくまでも社内に「Aよりも30%少ないB」を用意すれば済んでしまう話なのであくまで主観的な話になってしまいます。
最終アウトプットまでにプロトタイプを三つ作り、そこからさらにひとつに絞り込むというときなんかには逆に簡単に評価できていいのでしょうけれど。
単純に手法や手順だけを覚えるのではなく、ユーザー評価などを行う際に、その下される評価がどういうロジックのもとに下されたものなのかを知ることって大切なのかもしれないですね。
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