2011年7月14日木曜日

情報へのアクセスとデバイスの多様化。

現在まさにユビキタスといった感じに世の中簡単に情報に触れるようになりました。
特に最近めざましいのがスマートフォンとUQWI-MAX。

スマートフォン自体は、パケットで通信が可能だし、タブレット型PCやノートPCなどは、各地にあるWI-FIスポットや、WI-MAXのようなサービスのおかげで場所を選ばなくてもインターネットへ繋がる事が出来る。

過去にあったようにモバイル限定のpCサイトというものもあるにはあるが、スマートフォンがフォンとはいうものの、極端に小さいPCのような扱いになっているので、あの小さなデバイスでPC用のWEBサイトを見ることになる。

同じWEBサイトに、大まかに分けて三つのデバイスからのアクセスが予想できる。

それは

・マウスを用いて、大きな画面で操作するPC
・小さな画面へ指でタッチするスマートフォン
・ある程度の大きさの画面で指で操作するタブレット型PC


同じ情報サイトでもこれだけ変わった環境からの情報へのアクセスが可能になってくる。

もちろん、これらのデバイスがアクセスするサイトはPCでマウスのカーソルを操作して閲覧することを前提に作られているので、ユーザビリティは置いておいて、操作感という意味ではPCが一番いいに決まっている。

現状、一番不便なのは当然の如く、スマートフォン。

あの小さな画面に、縮小して表示されたサイトのごく一部分のみを、自分の指で選択しなければならない。
とうぜん、カーソルのような細かい操作は難しい。

リストのような形でならぶリンクのウチ、任意のモノを、細かく縮小された状態から選択するのは困難だ。

タブレットPCも同様だが、まだ画面が大きいのでスマートフォンほどではない。

もちろんタッチ画面では拡大が出来るが、リンクするたびに拡大し、ページ移動するというのも一手間かかる。

こういった操作はストレスの原因になるだろう。

ここは割り切って、タッチパネルのデバイスはあくまでも外出先からアクセス可能なだけで、メインをタブレットPCや普通のPCにすること可能なのだが、情報へのアクセスがスマートフォンをメインに進んで行くであろう昨今、そこを放置し続けるのも難しい。

デバイスやブラウザに工夫を施すことも可能だが、理想はWEBサイトのGUIをそれぞれのデバイスからアクセスしやすいように変更していくことだろう。

WEBサイトのデザインには基本と成るテンプレートというものがあるが、そろそろあたらしい、こういった複数のデバイスからのアクセスを考慮したものが必要になってくるのかもしれない。

またブラウザやプログラムの方を弄くって、カーソルを指で操作するようにしたら意外と使いやすいのかも…。

まだまだこの分野、ユーザビリティとかGUIとか、新しく手を加えていける可能性が一杯で面白い。

是非、積極手に勉強していこう。

2011年6月13日月曜日

電子ペーパーとGUI

先日、ネットサーフィンをしていると、あるページにて漫画の一話のみ無料で読めるというサービスがあった。

このサイトに限らずに、近年ではペーパーレスだとか、アイパッドやスマートフォンの普及にともなって電子ペーパー、電子書籍などのサービスが活発になっている。

もちろん、PCやソフトの入手のしやすさにより、素人が漫画をかいてネット上にアップすることも多くなってきた。

jqueryをつかった写真のスライドショーではなく、きちんと電子書籍専用のアプリやプログラムが出てきている。

さて、すこし話が長くなってしまったけれど、ここで気になったのはそのGUI。



GUIに使われているアイコン。


← →


こういったよくある感じで→をつかったボタンが配置されていた。


最初のページを読み終えたので、右の→を押したのだが、エラーの警告がでてしまった。


「現ページが0なのでもどれません」

というような警告音。

本来であれば←のボタンをおしてページをめくるようになっているらしい。

僕が今まで使っていたPCやウィンドウズに入っているプレビューソフトなどで写真をスライドさせるときはやはり→を押すし、なによりWEBに使われているアイコンでは左は戻るで、右が進むである。


でもこのアプリケーションを作成した人は、本を読むときはページを左から捲ってページをすすめるのでこのような仕様にしたのだと思うのだが、そうなると今度はPCのユーザ(この場合では自分)が、ブラウザや、多くのアプリケーションで得てきた経験値を以下せずに戸惑うことになる。

もちろんなんて事はなく。一回間違えばそうそう間違えはしないのだけど、少なからずストレスにはなるし、中にはなかなかそのくせが抜けずに何回も同じミスをすることでストレスを受ける人もいる。


もしこれが見開きで、ページを表示するタイプであれば、まくりたい方のページをクリックすることで解決すればよいし、実際にそれを行っているソフトもある。

他にもタッチパネル搭載のデバイスであれば進みたい方向へスライドするようにすればいい。


もちろんこういった直感的、体験的なものを用いたデバイスであっても、タッチパネルに抵抗のある人、不慣れな人のためにも何らかの補助的な表示は必要になりそうな気がする。


タッチパネルを用いたデバイスが主流になってくるからそれにともなうGUIなんかも新しく開発されていくのだろうけれど、WEBサイトみたいにスマートフォンとPCの両方からアクセスできるような形になると、単に複数ブラウザでのチェックのみならず、デバイスごとの操作性、親和性みたいなものも課題になってきそうだ。

2011年5月27日金曜日

FLASH……

自分のサイトを作って、トップにフラッシュを配置してみたのだが、macのfirefoxで表示するときだけ何故か、左端に1pxの隙間が空く。

flashの下部に空白ができるという現象は聞いたことがあるけれど、なかなかこれは珍しいみたい。

あれかな、ジョブズさんがflashを批判しているからだろうか(^_^;)

safariのユーザーエージェントで確認したところ他のブラウザではぴったり収まっているのでやはり、macが原因なのかな。


IE6のように、やはり少数派は放置されていく運命なのでしょうかね。

2011年1月18日火曜日

就職への道1

ここ一年ちかくこのブログをサボってしまったので、今までの経過や近況などをかいてリハビリしていこうかと思います。

2010年秋。

諸事情により、大学を中途退学しましたミシマです。

そんな訳で去年の夏頃から、就職活動を始めたのですが、既卒ではあるものの、就職活動をしようのもまず幅がえらい狭められることに気づきました。

新卒でもなく、中途採用でもないというなんとも宙ぶらりんなこの状況。

当然、多くの新卒が活用するリクナビやらマイナビなんかは利用できず(検索につかって採用担当の方に電話で参加可能か聞くくらいにしかつかえない)、かといって、ハローワークなどでは基本的に中途採用、経験者を優遇しますので、まずスタートにすら立てない状況でした。

おまけに、自分が学んでいたデザイン分野は更に狭き門。

オマケに、ハローワークの求人のお給金がべらぼうに低いのです。18万あればいいほうで、中には15とか結構多いです。

この不景気な世の中、就職氷河期と言われて、大卒の半分近くが職につけないといわれるなかで贅沢いうなという感じもしますが、とはいえ、やはりお金はいりようです。
一人ぐらしともなるとなおさらで、さらに奨学金などの返済もかんがえると、20万は欲しいところです。

いま、大卒初任給の平均が19万6千といぜんとこかで見ましたから、そこら辺が基準と言えましょう。

自分が使える能力といえば、adobe系ソフトが使用出来ることなので、それらをもとに職を探しますがやはりそれだけではなかなかうまくいきません。

こんなあまりのも前途多難な状況から僕の就職活動は始まるのでした。

2010年5月18日火曜日

インタラクティブなライブ





一見やっていることは単純だが、見方を変えることで別のものになるという例なのかもしれない。


これまでもライブ中に大きなバルーンを飛ばすと言うことはやったけれど、触ることで会場のライトアップが変わるとかはなかったとおもう。


ニコニコ技術部はどんどんレベルが上がっていって見ていて楽しい。



もっと色んなところで応用できそうなシステムとモノだと思う。

2009年6月2日火曜日

トイレとAさん

先日、面白い話を聞いた。

僕の姉は、留学していたことがあり、外国の方の知り合いが沢山います。

これは、その中のブラジル人の友人の体験談だそうです。

かりにこの人をAさんとします。

ある日、姉がAさんと会話をしていて「日本に来て驚いたことってなにかある?」という話になり、Aさんは自分の体験を話し始めます。

Aさんはその日、自転車に乗っていると急にトイレに行きたくなりコンビニのトイレを借りることにしました。

すると、そのコンビニのトイレは和式だったため、Aさんは戸惑います。

今まで、自分の国でも、よその国に出かけてもトイレは洋式だったため、和式のトイレを前にAさんはどうしていいかわからなくなり、戸惑いながらも下のような体制になったとか。


















結局、上の図のように両腕を突っ張ってバランスをとったそうなのですが、確かに初めて見る人にとっては戸惑うだろうなと感じました。

また、最近では圧倒的に洋式トイレが普及してきた為に、和式トイレの使い方が解らない子供も結構いるみたいです。

中にはそのまま、おまるのように直に座ったり、コンビニなどにある便座だけ一段上がったタイプの場合は洋式トイレのように腰かける子もいるのだとか。



Aさんがその時に不満に思ったというのは以下の点だったという。


・使い方のようなものが壁にあればいい。


・せめて、便器の横に足のマークを描いたり、手で捕まるところが解るようになっていればいいのに。



確かにそうですよね。

言語に頼らず、壁に正しい使い方のピクトグラムのいちまいでもあればそれだけで大体理解出来るような気もします。




洋式トイレのほうは使い方のピクトグラムが作られているのになんで和式は無いんでしょう?

和式って日本人しか使わないものだと勝手に思っていたのでこの話はとても考えさせられました。




おまけ







ということで、和式トイレのピクトグラムを何となく作ってみた。いやー、難しい。
手と足の処理とか解りやすくするためにはどうするべきかと思案していたら、まるでジェットスキーに乗っているかのようなモノになってしまいました。

比率とか凄くおかしいんですけれど、正確な比率にしたらなんだかわかりにくいし。

テンプレートとかにそっても居ないんですが、色々いじってみた挙句、

ピクトさんがSDキャラのような感じでコミカルな感じになりました。


こんなモノでも、便器の前の壁にでも貼ってあればAさん程は戸惑わないのではないでしょうか?

それにしても、やっとの思いでトイレに入って使い方が解らないって想像するだけでももの凄い絶望感が凄そうですね。

2009年5月19日火曜日

地球の聴診器プロジェクト

何回か、言っていることなのですが、一昨年21-21でやっていたWater展の連動企画?のようなもので地球の聴診器プロジェクトというものがあったのですが、そのサイトであるaqua scapeというサイトをたまに訪れます。

地球の聴診器プロジェクトとは、世界中の水に関わる場所にマイクを設置して24時間、リアルタイムでその音をネット配信するというものです。

このプロジェクトの狙いは、世界中の水の在り方をウェブカムなどではなく、音を通して気配として感じてもらうと言うのがこのプロジェクトの狙いらしい。

正直、それが成功しているかと言われるとどう答えていいのか解らないのだけれども。

このプロジェクト。今のところ世界中で4つのマイクが仕掛けられている。

日本には二つあり、一つは東京大学の三四郎池。
もう一つは京都にある相国寺の水琴窟。

他にはインドのムンバイに一つ。

あと何故か知らないけれどアメリカはサンフランシスコにあるIDEOのオフィスに仕掛けられている。

最初の三つに関してはクリックするとそこがどのように水と関連しているモノなのかという説明などが出るのだけれど、IDEOのオフィスだけは時折、カタカタとキーボードを打つような音だけが聞こえてくる。

水に関係しているとも思えないし、イースターエッグ的な要素なのかと思いきや、普通に発見できるし。
三四郎池なんかはたまに周囲の人の声や鳥の鳴き声なんかが聞こえるのだけれど、ここからは人の声も聞こえずなんだか、単に盗聴しているような気分になる。


水琴窟なんかはその日の天候なんかで聞こえ方が凄く変わるし、不思議な感じがして面白いが、それ以外に関しては水という気配をなかなか感じられなかった。

ウェブカメラでの監視システムなんかは普及しているけれど、マイクによる中継と言うのも面白いなと感じた。確かに、時として視覚よりも聴覚のほうが把握しやすいし、受取方に個人差がある分、聴覚のほうが想像しやすくていい場合もあるだろう。

たとえば、台風の海なんかはウェブカメラの映像だけみても他人事だけど、暴風や雨の音などが聞こえたなら映像より恐怖や危機感を感じるかもしれない。

たとえば、遊園地や動物園なんかで、人気のアトラクションや、動物の前にマイクを仕掛けておけば、園内に流れる楽しげなBGMや、動物の仕草に喜ぶ子供たちの笑い声なんかが聞こえればそれは十分なPRになるのではないかと思った。


実際にwater展開催中に、デザインタッチとの連動企画で行われた「何故デザインで水なのか?」というタイトルのカンファレンスでは、視覚に偏った世の中のメディアや生活に疑問を持ってみたらどうかという話も出た。

先程も言った通り、聴覚というものは視覚以上に人のエモーショナルな部分に働きかけるような気がする。

視覚とは提示された情報を正確に受け取ってしまうがために、受け取り手の感情や思惑が入り込む余地が無いのかもしれない。


たとえば、ミッキーマウスの絵を見せるより、ディズニー特有のBGMを流したほうが人は楽し気な印象を受けるのではないだろうか。

どちらもディズニーランドには欠かせない要素ではあるけれど、ミッキーはミッキーとしてしか認識出来ないのではなかろうかと思うわけです


思いを馳せる。

気配を感じる。



どちらも目を瞑って行われることが多いことから、ヒトの感情的なものを主体とする行為に置いて、視覚というのは時に邪魔な情報となってしまうのかもしれません。


また、どちらも一方的に情報を得ただけでは成しえない能動的なもののように感じます。


HAPTIC展という原研哉さんの行った展示会がありましたが、触角だけでなくヒトの感覚機能を喜ばせるようなデザインというのが、テクノロジーの進歩と共に、必要になってくる気がします。


チャップリンのモダンタイムスではないですが、人間の側が技術に取り残されないように、親和性を良くするという意味も込めて、身近な存在として必要になってくるのかもしれません。

2009年5月17日日曜日

理解→導入

院に進学したので、修士論文のテーマ設定、研究計画などを作っています。

一応、今一番考えているのが



「ユーザー・エクスペリエンス・デザインの為の手法または補助ツールの研究」




というものなのですが。

院の研究をどうしたものかと、ずっと考えていたわけですが、どうせ研究するなら後々役に立つものがいいなと考えていたわけです。

そこで、あることを思い出します。

それは去年のトヨタUD学生ワークショップに参加した際のことです。



グループ参加だったので三人一組になったのですが、グループ編成が、自分、隣の研究室の生徒、一つしたの学年の生徒という編成で、人間中心設計であったり、ユーザーエクスペリエンスデザインであったり、そういったものを利用してデザインするという経験をもつのが自分だけだったのです。

グループ活動ですので、自分だけ

「ペルソナ使おうぜ、人間中心設計だぜ」


と勇んでみても、そう言ったものに触れたことが無い人にとっては



「え、なにそれ、いきなりそんなこと言われても俺知らないんだけど」

「ペルソナは聞いたことあるけどその効果ってあんの?対象ユーザー決めるなんてデザイナーならみんなやってるじゃん。何いってんのこの人?」


といった感じに冷めた反応を返されるのがオチなのです。
(実際のメンバーは中が良い人だったのでそんなことはなかったのですが)


それで最初の5回のミーティングの殆どを使って

HCDって何?

どうやるの?

どういった効果があるの?


といったことを、過去の授業資料や研究室の資料をあさり、慣れない勉強会というかワークショップのようなものをしてなんとか残りの二人を引き込むことに成功したのです。(今思えばワークショップというのもおこがましいですね)

とにかくUCDを知らない人と一緒にデザイン活動をする場合において、どうしてもアウェイな感じは否めないわけですよ。

かといって、一人で孤軍奮闘しても効果はあまり得られないわけです。
そのデザインを担当している沢山の中の一人が行動に起こしても他の人たちがそれを無視していたら効果は無いどころか、足並み乱してむしろマイナスの結果になったなんていったら目も当てられませんしね。


外部の方の講演なんかを聞く機会がうちの研究室は多いのですが、そう言った方たちの話には、UCDを導入しようと思っているけどなかなか上手くいかないという話は多いようです。


ですので、そういったUCDを知らない人たちとデザインする場合でも、知識のない人たちが少しでもUCDに参加していけるような手法、もしくはサポート出来るようなものを作れないかと考えたわけです。

恐らく二年では本当に納得いくものが出来ないかもしれませんが、たたき台くらいは作って卒業したいなと思っています。


そうすれば作ったものをもって自分も会社勤めするときにもっていけますし、それを使いながらバージョンアップもできるだろうしいいかもなんて考えたわけです。

一応、先生からはOKを貰っているのでこの方針でいこうかと思います。


一応、今考えているニーズとしては新しくUCDを導入したい会社などを考えています。

期日とかコストとか、企業的に時間も金も浪費できない、それでもどげんかせんといかん。(←一度使ってみたかっただけです。ネタ的には古いですが)

そんな状況でどうにかしなければ!!的なね。

でもそう考えると、某大学のHCDブートキャンプ見たいにワークショップの教育カリキュラムのようなものになったりするのではなかろうかと、何処かで思っている次第であります。


勿論、そういった研究をする上で自分自身もまだまだ勉強不足なので勉強していくつもりではあるのですが、もしこれを御覧になっている方の中で



「UCDを導入する際に体験した俺の苦労話を聞かせてやる」

「そんなんじゃだめだ。こうしなきゃ相手は納得してくれないよ」

「ここはこうした方がいいのではないか、こういう点には気をつけなさい」



などなど、アドバイスや経験談などを語ってくださる方がいれば、コメントか、プロフィール欄からメールを頂けると大変ありがたいです。小躍りします。


実際の現場の声を社会を知らない大学院生に教えてやるぜ!!という方は是非にお願いします。

2009年5月15日金曜日

条件反射と記憶とスマイルデザイン。

条件反射ということについて考えてみました。

そうです、あのパブロフの犬で有名なあの条件反射です。

有名な話ではありますが、パブロフの犬とは何ぞや?という人のために簡単に説明しますと、


  1. 犬に餌を与える前にベルなどで音を聞かせる。
  2. 犬は餌を食べる時に唾液を出す。
  3. 1と2を繰り返す。
  4. 今度は餌を与えずにベルを鳴らす。
  5. ベルの音を聞いただけで唾液を出す。

というものだったらしいです。


さて、この条件反射がどのようにデザインに関わってくるかというと、たとえば、UD的な話をするのであればヒューマン・エラーを防止するために人間の日常的な反射(条件反射も含め)を取り入れるなんていうことがあげられるかも知れません。

以前、このブログでも取り上げたように昨年はトヨタUD学生ワークショップに参加したのですが、その時に「(シニアカー)ブレーキは、人間が危機的状況に陥った時に身体が強張る(手を握り締める)ため、引っ張ることでブレーキがかかるようになっている」という事例を聞いたことがあります。

この場合は普通の反射ですが。


条件反射とはその名前に通りに、反射を起こすための条件付けが必要になってきます。

犬などに芸を教えるときは、大概この方法をとっているように思います。

自分も実家に犬を飼っているのですが、お手なんかを覚えさせるときは、

  1. 前足を差出た掌に無理やり乗せる
  2. 褒めて餌をあげる
  3. 1,2を繰り返す
  4. 犬の前に手を差し出す
  5. 犬は、手を乗せると褒められる、もしくは餌が貰えると思い手を乗せる

となっていたように思います。


こう考えると、普通に学習というものもこのようなルーチンを通しているのかも知れません。

小さい子供が、何をしたら褒められて、何をしたら怒られるのか。
そういったことを、自分の中で過去の事例から取捨選択をしてその中で自分のベストと思われる行動を選択するわけです。


つまり


  1. 選択を迫られる
  2. 状況を確認する
  3. 過去の自分の体験を照らし合わす
  4. 行動を起こす

こうして、1から4を繰り返し行うことで、行動の善し悪しを問うバックアップのデータが蓄積され、よりその行動は正確になっていく。

それがつまり精神的に成熟していくということなのではないでしょうか?



勿論人の記憶や感情にもそういった条件付けが可能であるとされています。



以前書いた、追憶型エクスペリエンスでも少し書いたのですが、人の思い出や記憶を関連付けた体験というのはこういった条件反射であったり、いわゆるエピソード記憶が関わってくるのだと思います。



早い話が、人の行動や体験に条件付けをし、その条件を満たしたときにエピソード記憶を引っ張り出すような何か(モノやサービスや体験)をデザインする。


このようにかくと随分と強引なもののように聞こえますが、たとえばその引き出されるエピソード(体験)からデザインしてあげればいいのではないでしょうか。


そのエピソードがより、ユーザーにとって心地よい、楽しいといったものであるようにデザインするのが大切なのかなと、ふと思いました。

2009年3月24日火曜日

空想生活へ提案

昨日、無事に大学を卒業することができました。
四月からは院へいくことになっているのですが、体調管理を第一にして頑張りたいとおもいます。

さて、卒業して四月の一日まではどこにも所属していない人間となったわけですが、さっそく研究室にてミーティングがありました。

昨年のトヨタUDワークショップ デザインインキュベーターの一環として、チーム「TOY CAST」名義でデザインしたものです。

何度かこのブログにも投稿したことがあるのでご存知のかたもいらっしゃるかもしれませんが、先日、代官山ヒルサイドテラスにて行われた学外展示会に出展した際にゲストとして来てくださった空想生活の方からアドバイスをいただき、空想生活に投稿してみることにしました。

テーマとしては「家族が使いやすい育児モビリティ」です。

なぜ母親ばかりが育児ノイローゼになるのか?といった育児に対する家族側からの考え方や、
駅の階段やエスカレーターなどのインフラ的問題。
現在のベビーカーに問題と、事故などを調べ、育児用の雑誌を成人をむかえた男三人で読み漁り、
インタビュー調査と、近隣のデパートへの観察、母子会への訪問、専門に研究されている大学の教授への訪問など、いまおもえば手探りでもう一年近くこのデザインにかかわっていることになります。

ペルソナ・シナリオ手法もつかいました。

空想生活のサイトには詳しいことを乗せられていないのですが、かけた時間分の資料などもあるのでちょいちょい出していこうかとおもっています。

もしよかったらクリックしてコメントなんかを残してくれるとうれしいです。
投票してくださるなお嬉しいです。小躍りします。


2009年2月24日火曜日

追憶型エクスペリエンス

タイトル的にはなんかものものしいのですけれど、ものすごく端的に言ってしまうと

なぜ、海の家の焼きそばやラーメンは美味しいのか?

という一文がしっくりと来ると思うのです。


スキー場で食べるカレーライスであったり、お祭りの屋台で食べるたこ焼きなんかもそうなのですが。

それらの味って言ってしまえばそれほどまでに美味しいというわけじゃないと思うんですよ。
もちろん、お店の方はコストも考えた上でなるべく美味しいように努力はしてくれるのですが。

それでも、ラーメンなら本格的な行列ができるようなお店のラーメンのほうが美味しい。

なら、なんでそういったものを美味しいと感じるのか。
旅行やバカンスなんていった楽しい思い出なんかが付随していくのかもしれません。
そこにはきっと何らかのエクスペリエンスがあるのだと思うのです。


たとえばそれは失恋のときに聞いた曲を聴いて悲しくなるように、ネガティブな方向に働くこともあれば、

クリスマスソングを聞いただけでプレゼントがもらえたときのようにうきうきとポジティヴな方向に行くこともあると思うのです。

僕たちはきっと日常生活の中で様々な体験をしているわけですが、現在進行形で進む一連の体験の中に何か別の流れの体験がある気がしてなりません。

その一つがタイトルであげたような追憶型エクスペリエンスなのかなと思った次第です。

ただひとつ気になるのは、海の家のラーメンは、最初に食べたときに美味しいと感じていたのだろうかということです。

とりとめもないですがこのへんで。

2009年2月13日金曜日

ゴールの周りには?

どうもお久しぶりです。

一か月ほど更新が止まっていました。

というのも、正月から

風邪→インフルエンザ→ノロウィルス→以前続く体調不良という悪循環に陥って大学にもあまりいけない状態であり、かつ身の回りで不幸やトラブルの連続。

本気でお祓いを考えている今日この頃です。



さて、以前書こうとしていた話を書こうと思います。

少し前に、プレイアラウンドというはなしをききました。

これはココカラハジマルの藤崎圭一郎さんが以前エントリーで書いていたことです。

藤崎さん自身はSOCCAの松下計さんの講演で聴いたお話だそうです。

プレイアラウンドとは読んで字の通り。周りで遊ぶこと。


一直線にゴールを目指すのではなくゴールの周辺でいったん遊んでみることを言うのだそうです。

それはいわばデザインの幅を広げることであり、現状を客観的にみるきっかけなのかも知れません。


それはいわばスピンオフのきっかけかも知れませんし、可能性の発見かもしてません。

デザインでいうなれば最終的なデザインを見据えながらあえてその派生を探るといった形になるのかもしれないですね。


デザインをしていくとただひたすらに視野が狭くなるときがありますが、その視野を楽しみながら広げるいい方法かもしれません。具体的な方法なども考えていくと面白いかもしれないですね。





2008年12月24日水曜日

オリジナルツールを目指して。

最近、考えているのはオリジナルのツールを作ることです。

年末にかけて多くの方が我が研究室に来てくださいました。

その中には企業さんも沢山いらしたのですが、その方々が人間中心設計と関わる際に自社で製作したオリジナルのツールなども見せていただきました。

それらをみて思ったのが、一口に人間中心設計といっても、使う人それぞれにとってスタンスも目的も利用の仕方も異なっていて、それぞれのやり方に対して追及していった結果、オリジナルのサポートツールが作られているということです。

もちろん、それはカレーと一口にいっても、それぞれの家にそれぞれのカレーの味があるのといっしょです。おんなじカレールーを使っていても、味はぜんぜん違うものになってしまいます。
でも、その家で育った人にとって一番舌になじむ味というのはその家のものです。

それと同様に使いやすさというものを求めていくと、最終的にはオーダーメイドに勝るものっていったいどれだけあるのでしょうか。

それぞれの企業で、大学でUCDへの取り組み方というのは異なってきているのだから、それらをサポートするオリジナルツールというものが出てくるべきだと思いました。

それらの話を前提に、研究室の先輩方とお昼ご飯を食べているときに、話を振ってみたらうちの研究室にもいくつかやはり必要なツールというものがあるんじゃないかという話になりました。

UCDを学ぶ上で、研究室という単位で活用していくうえで、今のうちの研究室で問題となっていることをいくつか洗い出してみました。

すると大きく分けて、二つの問題点が上がりました。
それは以下のようなものです。

1. ペルソナを作っても活用しきれていない
2.UCDを一連の流れとして知っていても、応用ができない。

1のペルソナを作っても活用しきれていないというのは、ペルソナをコンセプトの抽出にしか使っていないということです。よくよく考えてみればペルソナを作成したところで、どのように活用しているかと考えてみたときに、コンセプトや五つの提供価値を導き出すためだけに使われている感がすごく強いことがわかりました。それってすごくもったいないことだし、提供価値などを導き出して以降はそれらのキーワードのみをみて作業してしまうのだったらそのキーワードに書かれた前後の文脈はどこにいったの?という話になっていってしまいます。
 また、そのようにしていった場合、ペルソナの存在を忘れて上司や担当の教員によってデザインの修正がおこなわれていった場合は、その上司や担当の教員の好みにあったデザインへと変わっていってしまうのではないかという恐れもあります。その上司や教員がペルソナと同一である場合を除いてそれはUCDであると言えるのでしょうか。

次に、2のUCDを一連の流れとしてしっていても応用ができないというものについてですが、こちらに関しても、ものすごく簡潔に行ってしまえば、プロセスや手順は理解しているけれど、何のためにそれをするのかよく理解していない。という状況であると思います。

言われたからやりましたという典型的な例であるといってもいいでしょう。

僕たちの研究室はUXD(ユーザーエクスペリエンスデザイン)研究室です。なので、ペルソナを作ることも多いのですが、教授がつくれっていったから作ってきた。なんて感じでいる人も多いのではないのでしょうか。またトヨタUDにおいて普段UCDと関わらないほかの分野の人たちと共同作業を行った時も、気をつけなければ作れって言われたから作りましたということになりかねないという気がしました。

ですので、UCDには6つの段階があり、それぞれの段階で具体的に何をして、どのようなことを調査すればよいのか、またその調査方法にはどんな種類のものがあり、それらの手法にはどのような長短があるのかといったことを理解できるようなツールが必要であると実感しました。

もちろん、上であげたようなことをきちんと理解している人もいるのですが、わかっていたとしても難しいというのが現状です。


これらの問題点をもとに、僕自身が使いたいがためにオリジナルツールを作成していくことにしました。一応冬休み中も作業はしていくつもりですが、春に行われる学外展示会の準備や卒研のブラッシュアップなどもあるので、完成は春休みくらいになるのかなと思っています。

春休み中にほぼ完成させ、一年間実際にプロジェクトなどで使用してみながら改良していくという流れにしたいと考え中。

ちょっと楽しみでもある。

2008年12月22日月曜日

ちば戦略的デザイン活用塾 第3回



12月18日は、ちば戦略的デザイン活用塾の第三回目がありました。

三回目は「ビジネスに役立つwebデザインの基礎知識」というタイトルで山崎和彦教授が担当しました。

ちなみに、二回目はこちらのブログで紹介していないのですが、僕が風邪でダウンしていたのでかけていません。


さて、三回目はタイトルのとおり、WEBサイトをビジネスにどういかしていくかという話を具体的な事例とワークショップを通して学んでいきます。

今回は、前半はwebサイトとビジネスというものがどのように関係しているのかということを事例などを用いて説明していきます。

また、WEB2.0とはという講義からアクセス解析などを用いた戦略などのお話をしました。



その後は、見る人に興味を持たせるために~シナリオの作成~ということで、
シナリオを用いたWEBサイトの作成などのお話をします。

ここからは実際に作業を通して学んでいきます。

まず、実際の調査を通さないのでペルソナとは言えませんが、実際に自分の企業にとって対象となるユーザーを明確にすると言う意味で、ペルソナシートのテンプレートにユーザーの情報を記入し、それらを基にシナリオを作成、WEBサイトのコンテンツなどを考えるということを行いました。



このように見てみると、それぞれの企業さんごとに、面白いコンテンツが出てきていたりしてなかなかバラエティに富んでいたように思えます。


最近では、個人経営のお店ですらWEBサイトを持たないといけないなんていわれていて、本当にWEBサイトがビジネスの受け口となっているんだなと実感しています。

このちば戦略的デザイン活用塾も後半へと突入です。
最後までお手伝いしていこうと思います。

2008年12月20日土曜日

ifを考える。

何事に対しても、ifで考えることと言うのはえてしてネガティヴなものとして評価されます。

「もし、あの時ああしていれば」

「もし、~だったら」

いわゆる「たら、れば」という話です。

今回はそんなタラレバな話で、コペンハーゲン解釈やら、多次元世界解釈とか一見関係ありそうで、全然関係ないお話です。あの有名なシュレディンガーさんちの猫も今回はお休みです。


人にとっての使いやすさとは何だろうとたまに考えることがあります。

そもそも、使いやすさとは、その人の生活の中での行動によって生まれてくると思います。
それはずっと生きてきた中での経験知であったり、生まれ育った環境そのものの歴史としての文化や知恵や風習であったりだと思います。

そういった文化や風習の中で練磨されてきたデザインは何世代という人々の手を経て洗練されたものとなっていくわけですが、その結果をすべて手放しで喜ぶということに対していささか疑問を感じるのです。

行ってしまえば、何世代も経てデザインされてきたと言うことは、それらのプロダクトが人々の風習や文化、社会などに対して適応し、生物でいうところの進化を遂げてきたようなものなわけですが、それらの進化の過程で停滞期であったり円熟期を迎え、人々の手によって改良や適応がなされなくなって現在に至った場合において、それらの製品は本当に現代の社会、文化、風習にとって使いやすいものでるでしょうか?

もちろん、デザイン進化の停滞期、円熟期と言うものが訪れた時点で、それらの製品は人々の生活から必要とされなくなってきているということでもあるわけですので、適者生存なんていう考え方も十分適応されるのだと思います。

ブランドと一緒で、停滞記、円熟期(衰退期)は支持されるものであれば訪れないものなのだと僕は考えます。


そういったことを考えたとき、現在僕たちの生活の中で当たり前のように使われているモノたちが本当に私たちにとって使いやすいものあっただろうかと言うと必ずしもそうでないと思うわけです。

デザインされた当時と今の間に生まれる時間という決定的なギャップこそがそれらの使い辛さの原因の内の一つなのではないでしょうか。

当時はそれでよかった。しかし、今はそうではない。

そういったことが普通にある気がします。
(当時は画期的だった法律が、時代に適応した改正を行わないせいでいまや抜け道だらけであるというのに似ているかもしれないですね)

先ほどからデザインの進化という言葉を使ってきましたが、進化という言葉を使っている以上はご想像のとおり、進化の分岐点があり、それらの分岐点を調査、分析していくことで実際には辿られなかった別の形に進化したIFのデザインを導き出せるのではないかと言うのが今回の話の終着点です。


最近、大学院生の授業の中で「自分の手法を作る」というようなことをやっているようなので、前から思っていたこんなことを言ってみたり。

地域や文化に根付いたデザイン展開の手法とか面白そうだなと思ったこのごろ。

ペルソナよりももっとマクロな視点でのデザイン活用法とか。

なんかとりとめもないですが、とりあえず思ったことをメモ程度に。
実はいくつか具体的な方法も考えていて、実際に活用してみたらどうなるかちょっと楽しみ。

2008年12月13日土曜日

箸について考えてみる。

面白い話ができる人っていますよね。

ここでいう面白いってのはギャグとかそういう意味ではなく、興味深いとかそういった意味のほうです。

昨日は研究室に泊りこんで論文を書いていたんですが、その時一緒にいた研究室のメンバーと「北欧デザインと日本のデザイン」についての話になりどんどんと話がそれ、アノニマスデザインへテーマが移行し、お箸についての話になりました。

欧州では両手を使ってフォークとナイフで食事をする。

それに対し、日本では片手でそれらの役割をする。


なんでかと考えると、日本には茶碗を片手でもって食べる文化があるからじゃないか。

では、なぜ日本には茶碗を持ち上げるような形式ができたのか。
料理の器をも手に持って食べるのは世界的にマナー違反だそうですが、なんで日本はそうなったのか?

宗教だとか、政治だとかも多少はかかわってくるのだと思うのですが、まず床文化であるというのが大きい気がしました。

椅子に座らず、床で食事をするという行為には、どうしても手で持ち上げなければこぼしてしまいます。

大陸側に比べ、国土面積が狭く日本の家屋に椅子文化が根付かなかったというのもあると思います。

調べてみると、日本において、食事をする場所というものが存在しなかったので料理を置かれた場所(配膳された場所)がつまりはダイニングになるようです。


こんな風にひとつのことを突き詰めていくと、なんか歴史をたどっているようで面白いです。
調べれば調べるほど、日本て面白い歴史や文化の宝庫ですね。


こんな話に付き合ってくれる友人に感謝です。

2008年12月8日月曜日

条件が同じなら必ずしも同じ結果になるとは言えない。

同じ授業を受けても、成績がみんな同じになるわけではないのと一緒で、

同じ情報を得られたとしても、それを活用できるかといえばそうとも言えない。

情報デザインフォーラムの夏のワークショップのときに、コナミの小林さんが「何の根拠もなく、教えているわけでなく、とりあえず一回やってみることが大切」という話をしていたのを思い出しました。

いま、卒業論文をまとめているわけですが、そういえば今年一年たくさんいろんなことをやってきたなと思いなおし、インターフェースの作成なんかにカードソーティングなんかを活用してみようなんて思った。

たしかに、勉強会に出かけてやってみなければもったいないし、身に付かない。


そう考えると、本当にたくさん学んだし、卒業制作に生かせることだってたくさんあるじゃないか。

なんて視野が狭くなっていたんだと本当に思いなおした。


せっかく学んでもそのあともそれを使い続ける人とそうでない人の間には違う結果がでるって話。

2008年12月6日土曜日

ユニバーサルデザインについて 3 

昨今、金銭的な格差問題が取り上げられていますが、それと同じくらい今、情報の格差というものが起こっていうるといわれています。

テレビやラジオ、新聞といったマスメディア系のもの以外にも、WEBや携帯電話なんかがそこに入ってきたことで、プロフやmixiに代表されるようなブログ形式のものや、WEB2.0といわれるようなユーザー発信の情報というものが増えてきています。

そういった背景から、今までとは比べ物にならないほど世の中には情報があふれ、こちらからあえて情報を取得しに行かなければ得られない情報などもあり、情報収集に意欲的な人と。そうでない人の間に大きな格差が生まれるということらしいです。

また、情報を持たない人、知るすべを持たない人たちのことを情報弱者なんていう言葉で語るような場合もあります。

こういったPCなどにより情報を収集活用できる人と、PCを持たない、またうまく操作できない、インフラが整っていないなどさまざまな条件により情報の活用ができない人との間では、情報を持つ、持たないということで社会的な格差が生まれてしまうことをデジタルデバイドなんていったりするそうですが、情報の格差がそのまま社会的な格差(金銭やサービスの享受)へもつながるなんて話を聞いてしまうと、情報化社会なんてメディアの中でしか聞いたことのないような単語が事実、今の社会をきちんと表しているなと実感します。

また、情報を収集するだけで、そこから実際にその情報を使う人がどれほどいるかというとグンとパーセンテージは低くなりそうですね。

昨今、情報のユニバーサル化という話を耳にするのですが、このような背景があれば納得できるというものです。身体的な問題で、WEBを利用するのが困難なかたや、PCや新しいサービスにうまく適応できない人など様々な人がいるわけですから、その人にまず情報を入手できる環境を作ること。

そして、情報のUDとはその情報を活用するところまで範囲は及ぶ気がします。

①情報を入手する   デジタルな問題

②情報を活用する。  フィジカルな問題

この情報を活用するというところまでできなければ、ユーザーにとって歯がゆいままですよね。

また、情報の活用とは結局のところその多くがフィジカルな問題でもあったりします。
なんだフィジカルな問題であるなら、今までのパブリック的なUDでいいじゃないかと思われるかも知れませんが、この①と②の間をつなぐ1.5があるかないかがカギになってくると思います。

先ほど、情報を入手してから活用するまでに一気にパーセンテージは減るだろうという話をしたのですが、それは①と②をつなぐ間にはいくつもの障害があるからであると僕は思います。

たとえばそれは純粋に面倒くさいということかもしれないですし、
精神的なものかもしれません。
金銭的かもしれませんし、時間的な余裕や、手段の不足なのかもしれません。

情報に限らずUDという言葉はなぜかその場限りやその場しのぎの解決に向きがちであると思います。

たとえば、僕のいた高校ではエレベータがないのになぜか二階に車いす用のトイレがありました。
それはもしかしたら県立の高校だったので、条例的な問題で形だけ取り入れただけなのかもしれません。

①の部分だけのUDとはたとえばそれは
ECサイトで商品は見つけやすいけど、めちゃくちゃめんどくさい手順を踏まなきゃ購入できない。そんな状態なのかもしれません。

商品を見つけたあとの購入までやって初めて情報のUD化となるのかなと思いました。

2008年12月2日火曜日

市場調査。

卒業研究でオーディオ系のもの扱うということになってから何回か市場調査を行っているのだけど、なんかに詰まったときだったりに気分転換に外にフィールドワークに出かけたりするついでに家電の売り場を見たりする。

そういった場合、大手の電気店や売り場であるほど店員の方が話かけてくるのでこれ幸いとそんなときは軽くインタビューしたりしています。



店員「なにかお探しでしょうか?」

ミ「父が今度定年を迎えるのでオーディオを贈りたいのですが、よくわからないので下見に来たんですが」

店員「それでしたら……」


といった感じで20分前後立ったままのインタビューをします。
まぁ、いっても相手は売ること前提なのですが、最近のうれいきとか、具体的なお客さんの反応なんかを話してくれるので、自分でパンフレットをみたりするよりも生々しい話が聞けて良いです。
あと、売り場担当の方なので、JAZZにはこのオーディオ、クラシックはこっちなど小ネタも聞けて面白い。しかも向こうから話しかけてくれるので大変やりやすい。


なんか店員さんを騙しているようで後ろめたい部分もあるんですが、あながちウソだけではなかったりします。

実は今回の対象ユーザーの元は自分の父なんですよね。
実際父はあと数年で定年を迎えるので、今回のインタビューもしっかり生きるという話。

退職後の生活というテーマも、自分の父が依然帰省中に「退職したらどうするか」というようなことを言っていたのを思い出したからにほかなりません。

まぁ、こんなこと本人には言えませんがね 笑

身近な人を思い浮かべたほうが一年間卒研とうまく付き合えるんじゃないかという自分の想いもあったわけですけれど。

話を戻します。

そんなこんなで何回目になるか分からない売り場での聞き込みで今回わかったことは。

今回はミニコンポについて聞いたんですが、

最近、多くのユーザーはコンポを買う際にほとんど自分の持っている携帯音楽プレイヤーに合わせて買うんだそうです。考えてみればそうなのですが、自分はほとんど音楽はPCに繋いで聞いているので意識していませんでした。

家に帰ったらプレイヤーをコンポに繋いで曲を聞くのだからまぁ、納得できる話です。

それで、今回のターゲットである50~60代向けのコンポってのを案内してもらったのですが、

ついているものが、CDとMDとラジオ。

自分が中学の時に使っていたコンポと性能的には一緒でした。

若い人むけのコンポのインターフェースはずいぶんとすっきりしているのに対し、おじさん向けコンポは昔ながらのつまみやダイヤルやら、画面もいまだに単色のドットで数字とカタカナが出る程度。

最近の50代の方たちは仕事でもPCを使うので、PCとの連動にあまり抵抗がないというのは春にやったインタビューでも得られた回答だったのだけど、あまりのギャップにちょっと面くらいました。

確かに、PCに苦手意識を持つ人だっているんでしょうけれど「おじさんはPCに弱いから以前のままでいいよね」って雰囲気がすごく否めない。

もちろん、そのアナログ感というのが売りだというのならそれ相応のしつらえがありそう。
変わらないことを望むユーザーがいれば、新しいものに順応できる人もいる。

そういった人たちは若い人向けのコンポを買えばいいという感じなのでしょうか。
企業である以上、お金が絡むのはしょうがないですけど、それもまた違う気がします。

そもそもコンポという存在がいまの時代(音楽を聴くスタイル)にあまり適応できてない部分も多いと思いますし。

PCに抵抗がないということと、GUIに抵抗がないは決して=ではないということは気づけたのでよしとします。

いろいろ課題も見えてきました。時間は本当にないのですが、できるだけやってみよう。

2008年12月1日月曜日

第二回 smile experience

入口にはポスターが展示されています。
なんかやらせ臭い人がいますが、やらせです。



11月30日はオープンラボでした。

僕の所属している山崎研究室では春と秋にsmile experienceと題しましてオープンラボを開催しています。

オープンラボとは、名前のとおり研究室を開放し、研究室で行っているプロジェクトや卒業研究などを外部の方々に見ていただき、意見をいただくというものです。

smile experienceという名前は、山崎研究室のテーマでもあるユーザーにとっての心地よい体験のためのデザインというところからきています。そのはずです。
このポスターは院生の此川さんが作ってくれました。

テーマは「金の卵の集まる研究室」だそうです。春の段階では全部卵だったのですが、今まさに孵化しようとしているものや、もうひよこになっているもの、まったくかわりなく卵のままのものまであり、この半年で目覚ましく成長する人もいれば、のんびりしている人もいるというのがあらわているようにも見えますね 笑

今回はお隣の佐藤研究室、情報系では原田研究室との3研究室合同オープンラボとなりました。
とっても豪華ですね。


パネルディスカッションの様子。 トヨタUDプロジェクトでやったベビーカーも説明しました。


自分の卒研パネルとイメージモック

自分も先生方や外部の方に卒業研究の意見を貰いました。

「退職後に新たに趣味を見つけるためのデザイン提案」です。

おじさんたちが、どうすれば新たな趣味を見つけていけるのか。今回はインタビューの回答で多かった音楽というものをテーマに選択しました。

現在の提案としては、

「MIDIデータを利用した、いじれるジュークボックス」


という方向性できています。

楽曲の音色やピッチなどを専門的な知識もなく、何気なくできる。でも奥が深い。

そんなところを目指しています。

もっとディティールやいろいろ詰めなきゃという感じですね。

情報系の先生方は本当にピンポイントで意見をくれるので参考になります。
自分でも悩んでたりするところを指摘されてドキッとする場面も……。

プレゼンテーションをする佐藤先生

会場は半分はパネル展示。もう半分は各研究室の先生による講演がありました。
こちらも結構人が埋まってました。

鍋と野秋さん

オープンラボは三時で終了し、その後は懇親会で鍋をしました。
最近は寒くなってきましたし、鍋のおいしい季節になりました。

部屋の隅に、浅野先生と野川さんと野秋さんと陣取って楽しく飲み食いしました。
鍋の良さはこのわいがや感ですね。

今度新しく入ってくる三年生たちもモチベーションの高い人が多いので来年の山崎研究室が楽しみです。

オープンラボに来てくださった皆さん、ありがとうございました。
うちの研究室はイベントが多いので、また機会がありましたら是非お越しください。