2009年3月24日火曜日

空想生活へ提案

昨日、無事に大学を卒業することができました。
四月からは院へいくことになっているのですが、体調管理を第一にして頑張りたいとおもいます。

さて、卒業して四月の一日まではどこにも所属していない人間となったわけですが、さっそく研究室にてミーティングがありました。

昨年のトヨタUDワークショップ デザインインキュベーターの一環として、チーム「TOY CAST」名義でデザインしたものです。

何度かこのブログにも投稿したことがあるのでご存知のかたもいらっしゃるかもしれませんが、先日、代官山ヒルサイドテラスにて行われた学外展示会に出展した際にゲストとして来てくださった空想生活の方からアドバイスをいただき、空想生活に投稿してみることにしました。

テーマとしては「家族が使いやすい育児モビリティ」です。

なぜ母親ばかりが育児ノイローゼになるのか?といった育児に対する家族側からの考え方や、
駅の階段やエスカレーターなどのインフラ的問題。
現在のベビーカーに問題と、事故などを調べ、育児用の雑誌を成人をむかえた男三人で読み漁り、
インタビュー調査と、近隣のデパートへの観察、母子会への訪問、専門に研究されている大学の教授への訪問など、いまおもえば手探りでもう一年近くこのデザインにかかわっていることになります。

ペルソナ・シナリオ手法もつかいました。

空想生活のサイトには詳しいことを乗せられていないのですが、かけた時間分の資料などもあるのでちょいちょい出していこうかとおもっています。

もしよかったらクリックしてコメントなんかを残してくれるとうれしいです。
投票してくださるなお嬉しいです。小躍りします。


2009年2月24日火曜日

追憶型エクスペリエンス

タイトル的にはなんかものものしいのですけれど、ものすごく端的に言ってしまうと

なぜ、海の家の焼きそばやラーメンは美味しいのか?

という一文がしっくりと来ると思うのです。


スキー場で食べるカレーライスであったり、お祭りの屋台で食べるたこ焼きなんかもそうなのですが。

それらの味って言ってしまえばそれほどまでに美味しいというわけじゃないと思うんですよ。
もちろん、お店の方はコストも考えた上でなるべく美味しいように努力はしてくれるのですが。

それでも、ラーメンなら本格的な行列ができるようなお店のラーメンのほうが美味しい。

なら、なんでそういったものを美味しいと感じるのか。
旅行やバカンスなんていった楽しい思い出なんかが付随していくのかもしれません。
そこにはきっと何らかのエクスペリエンスがあるのだと思うのです。


たとえばそれは失恋のときに聞いた曲を聴いて悲しくなるように、ネガティブな方向に働くこともあれば、

クリスマスソングを聞いただけでプレゼントがもらえたときのようにうきうきとポジティヴな方向に行くこともあると思うのです。

僕たちはきっと日常生活の中で様々な体験をしているわけですが、現在進行形で進む一連の体験の中に何か別の流れの体験がある気がしてなりません。

その一つがタイトルであげたような追憶型エクスペリエンスなのかなと思った次第です。

ただひとつ気になるのは、海の家のラーメンは、最初に食べたときに美味しいと感じていたのだろうかということです。

とりとめもないですがこのへんで。

2009年2月13日金曜日

ゴールの周りには?

どうもお久しぶりです。

一か月ほど更新が止まっていました。

というのも、正月から

風邪→インフルエンザ→ノロウィルス→以前続く体調不良という悪循環に陥って大学にもあまりいけない状態であり、かつ身の回りで不幸やトラブルの連続。

本気でお祓いを考えている今日この頃です。



さて、以前書こうとしていた話を書こうと思います。

少し前に、プレイアラウンドというはなしをききました。

これはココカラハジマルの藤崎圭一郎さんが以前エントリーで書いていたことです。

藤崎さん自身はSOCCAの松下計さんの講演で聴いたお話だそうです。

プレイアラウンドとは読んで字の通り。周りで遊ぶこと。


一直線にゴールを目指すのではなくゴールの周辺でいったん遊んでみることを言うのだそうです。

それはいわばデザインの幅を広げることであり、現状を客観的にみるきっかけなのかも知れません。


それはいわばスピンオフのきっかけかも知れませんし、可能性の発見かもしてません。

デザインでいうなれば最終的なデザインを見据えながらあえてその派生を探るといった形になるのかもしれないですね。


デザインをしていくとただひたすらに視野が狭くなるときがありますが、その視野を楽しみながら広げるいい方法かもしれません。具体的な方法なども考えていくと面白いかもしれないですね。





2008年12月24日水曜日

オリジナルツールを目指して。

最近、考えているのはオリジナルのツールを作ることです。

年末にかけて多くの方が我が研究室に来てくださいました。

その中には企業さんも沢山いらしたのですが、その方々が人間中心設計と関わる際に自社で製作したオリジナルのツールなども見せていただきました。

それらをみて思ったのが、一口に人間中心設計といっても、使う人それぞれにとってスタンスも目的も利用の仕方も異なっていて、それぞれのやり方に対して追及していった結果、オリジナルのサポートツールが作られているということです。

もちろん、それはカレーと一口にいっても、それぞれの家にそれぞれのカレーの味があるのといっしょです。おんなじカレールーを使っていても、味はぜんぜん違うものになってしまいます。
でも、その家で育った人にとって一番舌になじむ味というのはその家のものです。

それと同様に使いやすさというものを求めていくと、最終的にはオーダーメイドに勝るものっていったいどれだけあるのでしょうか。

それぞれの企業で、大学でUCDへの取り組み方というのは異なってきているのだから、それらをサポートするオリジナルツールというものが出てくるべきだと思いました。

それらの話を前提に、研究室の先輩方とお昼ご飯を食べているときに、話を振ってみたらうちの研究室にもいくつかやはり必要なツールというものがあるんじゃないかという話になりました。

UCDを学ぶ上で、研究室という単位で活用していくうえで、今のうちの研究室で問題となっていることをいくつか洗い出してみました。

すると大きく分けて、二つの問題点が上がりました。
それは以下のようなものです。

1. ペルソナを作っても活用しきれていない
2.UCDを一連の流れとして知っていても、応用ができない。

1のペルソナを作っても活用しきれていないというのは、ペルソナをコンセプトの抽出にしか使っていないということです。よくよく考えてみればペルソナを作成したところで、どのように活用しているかと考えてみたときに、コンセプトや五つの提供価値を導き出すためだけに使われている感がすごく強いことがわかりました。それってすごくもったいないことだし、提供価値などを導き出して以降はそれらのキーワードのみをみて作業してしまうのだったらそのキーワードに書かれた前後の文脈はどこにいったの?という話になっていってしまいます。
 また、そのようにしていった場合、ペルソナの存在を忘れて上司や担当の教員によってデザインの修正がおこなわれていった場合は、その上司や担当の教員の好みにあったデザインへと変わっていってしまうのではないかという恐れもあります。その上司や教員がペルソナと同一である場合を除いてそれはUCDであると言えるのでしょうか。

次に、2のUCDを一連の流れとしてしっていても応用ができないというものについてですが、こちらに関しても、ものすごく簡潔に行ってしまえば、プロセスや手順は理解しているけれど、何のためにそれをするのかよく理解していない。という状況であると思います。

言われたからやりましたという典型的な例であるといってもいいでしょう。

僕たちの研究室はUXD(ユーザーエクスペリエンスデザイン)研究室です。なので、ペルソナを作ることも多いのですが、教授がつくれっていったから作ってきた。なんて感じでいる人も多いのではないのでしょうか。またトヨタUDにおいて普段UCDと関わらないほかの分野の人たちと共同作業を行った時も、気をつけなければ作れって言われたから作りましたということになりかねないという気がしました。

ですので、UCDには6つの段階があり、それぞれの段階で具体的に何をして、どのようなことを調査すればよいのか、またその調査方法にはどんな種類のものがあり、それらの手法にはどのような長短があるのかといったことを理解できるようなツールが必要であると実感しました。

もちろん、上であげたようなことをきちんと理解している人もいるのですが、わかっていたとしても難しいというのが現状です。


これらの問題点をもとに、僕自身が使いたいがためにオリジナルツールを作成していくことにしました。一応冬休み中も作業はしていくつもりですが、春に行われる学外展示会の準備や卒研のブラッシュアップなどもあるので、完成は春休みくらいになるのかなと思っています。

春休み中にほぼ完成させ、一年間実際にプロジェクトなどで使用してみながら改良していくという流れにしたいと考え中。

ちょっと楽しみでもある。

2008年12月22日月曜日

ちば戦略的デザイン活用塾 第3回



12月18日は、ちば戦略的デザイン活用塾の第三回目がありました。

三回目は「ビジネスに役立つwebデザインの基礎知識」というタイトルで山崎和彦教授が担当しました。

ちなみに、二回目はこちらのブログで紹介していないのですが、僕が風邪でダウンしていたのでかけていません。


さて、三回目はタイトルのとおり、WEBサイトをビジネスにどういかしていくかという話を具体的な事例とワークショップを通して学んでいきます。

今回は、前半はwebサイトとビジネスというものがどのように関係しているのかということを事例などを用いて説明していきます。

また、WEB2.0とはという講義からアクセス解析などを用いた戦略などのお話をしました。



その後は、見る人に興味を持たせるために~シナリオの作成~ということで、
シナリオを用いたWEBサイトの作成などのお話をします。

ここからは実際に作業を通して学んでいきます。

まず、実際の調査を通さないのでペルソナとは言えませんが、実際に自分の企業にとって対象となるユーザーを明確にすると言う意味で、ペルソナシートのテンプレートにユーザーの情報を記入し、それらを基にシナリオを作成、WEBサイトのコンテンツなどを考えるということを行いました。



このように見てみると、それぞれの企業さんごとに、面白いコンテンツが出てきていたりしてなかなかバラエティに富んでいたように思えます。


最近では、個人経営のお店ですらWEBサイトを持たないといけないなんていわれていて、本当にWEBサイトがビジネスの受け口となっているんだなと実感しています。

このちば戦略的デザイン活用塾も後半へと突入です。
最後までお手伝いしていこうと思います。

2008年12月20日土曜日

ifを考える。

何事に対しても、ifで考えることと言うのはえてしてネガティヴなものとして評価されます。

「もし、あの時ああしていれば」

「もし、~だったら」

いわゆる「たら、れば」という話です。

今回はそんなタラレバな話で、コペンハーゲン解釈やら、多次元世界解釈とか一見関係ありそうで、全然関係ないお話です。あの有名なシュレディンガーさんちの猫も今回はお休みです。


人にとっての使いやすさとは何だろうとたまに考えることがあります。

そもそも、使いやすさとは、その人の生活の中での行動によって生まれてくると思います。
それはずっと生きてきた中での経験知であったり、生まれ育った環境そのものの歴史としての文化や知恵や風習であったりだと思います。

そういった文化や風習の中で練磨されてきたデザインは何世代という人々の手を経て洗練されたものとなっていくわけですが、その結果をすべて手放しで喜ぶということに対していささか疑問を感じるのです。

行ってしまえば、何世代も経てデザインされてきたと言うことは、それらのプロダクトが人々の風習や文化、社会などに対して適応し、生物でいうところの進化を遂げてきたようなものなわけですが、それらの進化の過程で停滞期であったり円熟期を迎え、人々の手によって改良や適応がなされなくなって現在に至った場合において、それらの製品は本当に現代の社会、文化、風習にとって使いやすいものでるでしょうか?

もちろん、デザイン進化の停滞期、円熟期と言うものが訪れた時点で、それらの製品は人々の生活から必要とされなくなってきているということでもあるわけですので、適者生存なんていう考え方も十分適応されるのだと思います。

ブランドと一緒で、停滞記、円熟期(衰退期)は支持されるものであれば訪れないものなのだと僕は考えます。


そういったことを考えたとき、現在僕たちの生活の中で当たり前のように使われているモノたちが本当に私たちにとって使いやすいものあっただろうかと言うと必ずしもそうでないと思うわけです。

デザインされた当時と今の間に生まれる時間という決定的なギャップこそがそれらの使い辛さの原因の内の一つなのではないでしょうか。

当時はそれでよかった。しかし、今はそうではない。

そういったことが普通にある気がします。
(当時は画期的だった法律が、時代に適応した改正を行わないせいでいまや抜け道だらけであるというのに似ているかもしれないですね)

先ほどからデザインの進化という言葉を使ってきましたが、進化という言葉を使っている以上はご想像のとおり、進化の分岐点があり、それらの分岐点を調査、分析していくことで実際には辿られなかった別の形に進化したIFのデザインを導き出せるのではないかと言うのが今回の話の終着点です。


最近、大学院生の授業の中で「自分の手法を作る」というようなことをやっているようなので、前から思っていたこんなことを言ってみたり。

地域や文化に根付いたデザイン展開の手法とか面白そうだなと思ったこのごろ。

ペルソナよりももっとマクロな視点でのデザイン活用法とか。

なんかとりとめもないですが、とりあえず思ったことをメモ程度に。
実はいくつか具体的な方法も考えていて、実際に活用してみたらどうなるかちょっと楽しみ。

2008年12月13日土曜日

箸について考えてみる。

面白い話ができる人っていますよね。

ここでいう面白いってのはギャグとかそういう意味ではなく、興味深いとかそういった意味のほうです。

昨日は研究室に泊りこんで論文を書いていたんですが、その時一緒にいた研究室のメンバーと「北欧デザインと日本のデザイン」についての話になりどんどんと話がそれ、アノニマスデザインへテーマが移行し、お箸についての話になりました。

欧州では両手を使ってフォークとナイフで食事をする。

それに対し、日本では片手でそれらの役割をする。


なんでかと考えると、日本には茶碗を片手でもって食べる文化があるからじゃないか。

では、なぜ日本には茶碗を持ち上げるような形式ができたのか。
料理の器をも手に持って食べるのは世界的にマナー違反だそうですが、なんで日本はそうなったのか?

宗教だとか、政治だとかも多少はかかわってくるのだと思うのですが、まず床文化であるというのが大きい気がしました。

椅子に座らず、床で食事をするという行為には、どうしても手で持ち上げなければこぼしてしまいます。

大陸側に比べ、国土面積が狭く日本の家屋に椅子文化が根付かなかったというのもあると思います。

調べてみると、日本において、食事をする場所というものが存在しなかったので料理を置かれた場所(配膳された場所)がつまりはダイニングになるようです。


こんな風にひとつのことを突き詰めていくと、なんか歴史をたどっているようで面白いです。
調べれば調べるほど、日本て面白い歴史や文化の宝庫ですね。


こんな話に付き合ってくれる友人に感謝です。